里親 制度の歴史-4 

●水のない村で、村人と井戸掘り
井上さんは現在、トランベン村で4回目の井戸掘りに挑戦している。この村は、川も井戸もない。村人は水貯め
を作り、雨季の雨水を溜めておく。しかし飲み水は、村から4〜6km離れた海辺にある
湧き水まで毎日通わなければならない。天秤棒で運ぶのは男の子。頭に載せて運ぶのは
女・子どもの仕事。岩だらけの道を運ぶ、往復4時間も5時間もかかる重労働だ。
アグン山の東側を除く山すそは、3期作ができる緑濃い棚田(ライステラス)のある地方で、バリの美しい風物詩として有名だ。
それに比べ東側は、雨季でも雨が少なく、乾季は一滴の雨も降らない。その上、土地が火山岩と火山灰に覆われているため、
雨季の雨水を溜めておくことができない。水がないので米は取れず、ほんのわずかの豆・トウモロコシ、タピオカ(いもの一種)
などの農作物に頼る生活で、その貧しさゆえに、その地方はユネスコにも登録されているほどだ。
これまで井上さんが井戸掘りで挑戦した場所は海岸から中腹までの20カ所あまり。村人と常に一緒に掘り続けている。
96年には日本から井戸掘り名人、車戸和次郎さん(当時79歳)が応援に駆けつけてくれ、電気がないために、
手掘りの限界35mまで掘り進めた。しかし水は出てこなかった。
その後は海岸に近いところに井戸を掘り、少しは水を供給できるようになったとのこと。
また方針を変え、大きな水がめを村人と一緒につくり、これは今でも役にたっているとの事。
乾季の状態水運び 燃料集め 燃料集め
 村人と井戸掘りの様子  大きな岩石も取り除きます。

深さ36mで大きな岩石にぶつかり、これ以上は
掘り進めません。
酸素も薄く、下に居れるのはせいぜい10−15分
今でもこの井戸はあります。
水を運ぶ子供達
●ポリタンクで水を配る
近隣の村の人々を雇い、工事を進めるうちに村人のいろいろなことがわかってきた。
水がないために極貧の生活をしていること。
電気もなく、着のみ着のまま。主食はタピオカとヤシの白い果肉。雨季(11月―4月)
は豆とトウモロコシをわずかながら栽培できる。飲み水は、海岸近くにあるお寺のそばの
湧き水。ここまで毎日水汲みに通う。
井上さんは、実行の人だ。これを聞いてすぐにポリタンクを購入。従業員ととも
に水を配りに村の家々を訪ねて歩き始めた。また、村人のために、国道を挟んだ村側に、
ホテルから配管して水場も作った。コンクリートで高い塀を巡らし、飲み水はもちろん、
女性でもそこでマンディー(水浴)ができるようにしてある。この水場の設置で、かなり
の村人が水汲みに通う時間が短縮でき、海岸縁の道路を横断しないで済むようになった。
牛ややぎの家畜の水やりと、荒れ地の乏しい草を食べさせる子供たちの日課が、どれだけ
楽になったことか。子供たちは井上さんを見ると「にっ」と笑う。
 お客様も喜んで一緒に水配り  
村人から椰子の実をいただく。大変おいしい  
弊社が作った水槽